京都で出会ったミュージシャン2
京都の金閣寺から左大文字山の横を抜けてもう少し北へ行くと松山(しょうざん)パラダイスというちょっとした行楽地があった。現在も存在しており料理や日本風庭園などが楽しめるようである。その行楽地の手前に「ペトロス」という名のおしゃれな喫茶店があった。私が大学生の時に出来たばかりの喫茶店で、店内には私が好きな軽いジャズを流していた。マスターは私より5,6才ぐらい上で話の話題が合った。ある時期マスターはアルバイト学生を雇った。聞くとアルバイト青年は佛教大学の学生だそうで、バンドをやっているということだった。どんな曲をやっているの?と聞くと、ピンクフロイドとかブラスロックとか英語の曲のコピーを色々やっていますとの事だった。またバンドではベースを弾いたり、歌を歌ったりしているとの事だった。
ある時その店に外国人がやってきた。店にはマスターはおらず、バイトの学生と私だけだった。外人が何か注文したが、バイトの青年は彼らの英語がよく理解できず、私にヘルプしてきた。私は外人が注文したものを聞いてバイトの青年に教えてあげた。外人が帰った後、バイトの青年が「有難うございました。あまり英語がわからなくて。もっと英語を勉強しないとダメですね」とお礼を言ってきた。青年の名前は二井原と言い、その後「ラウドネス」という日本発パンクロックで一世を風靡した世界的なロックバンドのボーカルとなる。あの時英語に困っていた彼は今ではペラペラで私なんかよりずっと英語が上手になっていることだろう。あの時にサインをもらっていたらお宝になっていたなあと思う。
