水害の経験2
何とか濁流を逃れて建物に入り、まず自分の身を守ることを考えた。まずこれは朝まで工場から出られないと考え家へ連絡した。現在のように携帯電話などはなく、固定の有線電話で電話をしていたが、しばらくするとこの建物の水位もじわじわ上がってきて、ついには自動販売機が漏電によるショートをし始め、そのうち電話も切れてしまった。その後も水位はじわじわ上がっており、これ以上上がるなら建物の屋根に上がらなければと思った。そのうち水位は下がり始め、何とか歩くことができるようになったので、現場の方へ向かった。現場ではまだ生産をしている人が大勢いた。早晩すべての生産ができなくなると判断されたので、皆には電気をカットして生産を停止してその後の指示を待つよう連絡した。
その後朝方になって緊急対策本部が設置された。1名の材料準備工程の若いエンジニアの姿が見つからないという点呼結果だった。そのうち少し明るくなったので車の駐車場に向かった。駐車場には多くの車が、倒木と一緒に流されていた。私も自分の車を探したが、全く違うシートの色をしているが同じナンバープレートの車を見つけた。シート色は本来えんじ色だが、薄茶色になっていた。それは泥の色だった。またその車はまだ新車で2ヶ月前に買ったばかりのもので、走行距離は1002Kmを示していた。車はもはや運転できる状況ではなかった。また点呼の際に安否不明であったエンジニアは午前九時頃に駐車場の向かいの空き地に倒木と一緒に流されて亡くなっているのが発見された。タンカに乗せられ無言で帰ってきた友人に皆が手を合わせた。
