2023年10月

仕事-国内編
職場の調和と成績のどちらを取るの?

 長く仕事を続けていると選択に悩む重要な課題があった。それは職場の調和を重視すべきか、それとも結果を重要視すべきかという問題だった。大きな改革を進めようとするとどうしても保守的なメンバーから反発をもらうのでうまくいかない […]

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仕事-国内編
仕事とは考えること

 Kさんは会社の創業期を支えた大幹部の方だ。私が入社した時は専務で、その後社長、会長と歴任され、1990年代には会社のグローバル展開に貢献された。Kさんのグローバル化において最も思い入れが強かったのがマレーシア工場だった […]

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バンド活動と音楽
サンタナはながーい音を出した

 私が高校生の時に京都にサンタナがやってきた。サンタナというのは当時のロックの主流がイギリスやアメリカであった時に、いわゆるラテンロックという分野で一世を風靡した人だった。ラテンロックというのは、打楽器に普通のドラムスだ […]

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バンド活動と音楽
初めてのバンド出演

 初めてバンドを結成してステージに立ったのは、高校2年生の文化祭の時のことだった。当時クラスにK君という友人がいて、彼が何故か私を誘ってきた。彼は後に警察庁のいわゆるキャリアとしてかなり上の立場まで上り詰めたようだが、当 […]

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バンド活動と音楽
結婚式での演奏

 結婚式というもにはお座興が付き物であるが、私は結婚式の余興として3回ギターを弾いている。一度目は友だちの結婚式で歌の伴奏をやった。かっこつけの私の友人の希望は結婚式で少しお洒落なジャズの曲を花嫁さんに贈りたいというもの […]

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バンド活動と音楽
マレーシア人が夜遅くまで練習

 私はマレーシアに駐在中、2回アニュアルディナーという催しでバンド演奏を行っている。1回目は何となくマレーシア人に自分を知ってもらおうと思い参加したのだが、その縁で徐々にマレーシア工場での音楽仲間が増えていった。そしてマ […]

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海外駐在編
昔と比べると人種差別の少ない米国だが

 私が1980~1990年代に旅行した頃、米国にはまだまだ人種差別が残っていた。歴史的に見ると、北部南部間で独立戦争が行われたのは1770~1780年代の頃だが、それから200年経った1970年代の後半に私は初めて米国を […]

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海外駐在編
マレーシア移民局でパスポートを再発行

 あることからマレーシア国内でパスポートを紛失した会社の友人のパスポートを再発行してもらうのに移民局まで行った。友人は買物に行って帰りのタクシーの中で袋を置き忘れたそうだ。その袋には携帯電話及びパスポートなど重要なものが […]

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海外駐在編
アメリカ人とヨーロッパ人はやはり近い

 欧州に1年いて落ち着いてきた頃に米国に行けと言われた。我々日本人にとって欧州と米国は全く違う国だが、歴史的に見れば本来欧州人が新大陸を目指して米国に行ったわけでアメリカ人とヨーロッパ人は大変近い存在だと思った。当初オラ […]

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海外駐在編
空港で英語が普通に聞こえるようになる

 米国では色々な意味で飛行機を使っての移動が多かった。初めの頃はまるで迷路のように見えた馴染みの空港も、何度も何度も使ううちにほとんど自分の家の庭のようになって、この角を曲がればどのバンバーガー屋があるとか、この通路をあ […]

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