大学祭でジャズ喫茶を開いた2
私が2回生の時に大学祭で主催したジャズ喫茶「ミントンハウス」は結構人が入った。皆大学祭の展示を見るか、外で焼きそばやたこ焼きを食べるかどちらかというパターンが一般的だったが、喫茶店は座れてコーヒーが飲めて、そして下手だが一応ライブも時々聞けるという仕立てになっており、展示を見て疲れた人たちからすると「良い休憩所」になっていたと思う。そして店内が満杯になると、満を持して我々ミュージシャン?の出番になった。この時私はジャズの演奏歴としては多分数ヶ月で、ほとんどまともな即興演奏もできなかった。相方でその時付き合ってくれた楽器屋の先輩Iさんもブルースは強いがジャズはまだまだという状態だった。しかし客がこんだけいるなら何かせなあかんという事でともかく知っているジャズの有名曲を片っ端から弾いて、後はそのコード進行に合おうが合うまいが勢いでひたすら即興演奏をしまくった。しばらくその時のテープを持っていたが、聞いたら恥ずかしくて穴に入りたいような演奏だったがともかく一生懸命に弾いた。だが所詮ジャズなんて当時は理解していない人が多く、少々無茶苦茶に弾いてもそれなりの拍手をもらったから笑えてくる。そしてそんな時事件が起こった。私の喫茶店の隣の大教室を借りて「卒塔婆小町」という演劇集団が劇を行っていた。ところが我々の喫茶店のライブ演奏がうるさく、もう少し音量をさげてくれと言ってきた。勿論私は初めからライブハウスをやると言ってきたので猛烈に反発したが、少し音量を下げることで演劇集団と合意した。どうやらその演劇集団とは後々高学歴芸能人で売る辰巳琢朗が主宰していたようだ。

大学祭で隣の演劇集団と音量でもめた。何と辰巳琢朗の「卒塔婆小町」だった。