製品の撤退の判断
私があるビジネスを担当していた頃ある商品の事業撤退を決めた。この商品は1980年代に開発した商品でかつては花形商品であった。この商品はコンピューターのプリント基板につかわれる基幹素材であり、当時コンピューター業界の最先端を走っていた日本ではこの商品は飛ぶように売れたし、工場でも増産に次ぐ増産を行っていた。しかしコンピューター事業は1990年代後半には主生産は台湾や中国へ移されるようになり、日本では特にハイテクの一部の製品のみが残ることになった。コンピューターのような電子部品は技術の変化が目まぐるしく、また商品の売れ筋がころころ変化するため、素材を扱う我々のようなメーカーからすると、その変化に対しての対応にはお金と労力がかかり面倒な商品となってしまっていた。しかしそれでもこの商品は工場では償却の終わった安い設備を使って何とか利益を上げていたのでなかなか止めるという決断ができないでいた。しかし私は「ちまちま」とした少量の高級品を償却の終わった設備を使って利益を出すというビジネスは遅かれ早かれ設備の老朽化とともに撤退せざるを得ないと考えていた。また高級品故に客先から無理難題を押し付けられていたが、いずれこうした技術対応も難しくなるだろうと思った。そして綿密に作戦を立てて一気に事業撤退の方針を業界に提示した。業界の影響は結構大きかった。それまで品質や価格についてやたらクレームをつけていた客先からは「あともう少し続けて欲しい」といった泣きが入るようになった。どれだけぼろかすに言われた商品でも、売れ続ける限り良さがあることを身をもって感じた。

事業撤退で大きな判断をしたことがあった