2024年7月

仕事-国内編
製品の撤退の判断

 私があるビジネスを担当していた頃ある商品の事業撤退を決めた。この商品は1980年代に開発した商品でかつては花形商品であった。この商品はコンピューターのプリント基板につかわれる基幹素材であり、当時コンピューター業界の最先 […]

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仕事-国内編
1999年の大晦日は心配した

 「2000年問題」というものが騒がれた時があった。1980年代の初めからコンピューター時代に入っていた。Windows96というソフトがマイクロソフト社から発売されるようになると、全くコンピューター音痴だったサラリーマ […]

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仕事-国内編
激しく議論するのが嫌いだった

 学生時代というものは若者は自分の意見を侃々諤々で他人と議論をするのが一般的だそうである。しかし私はそういう時もあったが、どちらかというとああやこうやと理屈をひねくり回して議論するのを好む方ではなかった。理由の一つは議論 […]

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仕事-国内編
日経のTVニュースに以前の会社が紹介

 以前働いていた会社を退職してからは、あまり会社のニュースにも関心がなく時々しかニュースを見ることはなかった。ところがある時日本経済新聞社(日経)のTVニュースの中に以前私が関わっていた仕事が紹介されていた。どちらかと言 […]

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バンド活動と音楽
京都「都雅都雅」へ行った

 たまたま知り合いのアマチュアバンドが演奏をするということで、京都のライブハウスへ行った。名前は都雅都雅という京都のライブハウスらしい名前だった(例えば京都では磔磔、たくたくというような名前の店がある)京都を離れてからは […]

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バンド活動と音楽
大学祭でジャズ喫茶を開いた3

 大学祭でジャズ喫茶を開いたが、客はそこそこ集まっていた。喫茶店のうたい文句は「ライブ演奏が聞けるジャズ喫茶」だったので、たまにはライブ演奏をしないといけない。ところがメインのバンドメンバーは仕事があり決まった時間にしか […]

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バンド活動と音楽
大学祭でジャズ喫茶を開いた2

 私が2回生の時に大学祭で主催したジャズ喫茶「ミントンハウス」は結構人が入った。皆大学祭の展示を見るか、外で焼きそばやたこ焼きを食べるかどちらかというパターンが一般的だったが、喫茶店は座れてコーヒーが飲めて、そして下手だ […]

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バンド活動と音楽
大学祭でジャズ喫茶を開いた1

 私が20才、大学2回生の時、大学祭でジャズ喫茶を開いた。当時私は毎日朝から晩まで京都のジャズ喫茶に入り浸っていたが、大学祭の応募を見て何故か自分自身でジャズ喫茶を主宰したいと思った。しかしいくら大学祭のなんちゃって喫茶 […]

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