学生時代リベラルが好き、老後保守が好き

 昔の話になるが学生時代は「反体制」みたいな話が好きだったのを覚えている。回りにはまだ学生運動の残党みたいなのがいて、「ワレワレワー、アメリカテイコクシュギノー・・・」のアジテーションをやっていたし、フォークソングを歌う若者はベトナム戦争に対する反戦歌を歌ったりしていた。バングラデシュで飢えている人を助けなければいけないと叫び、儲けるだけでなく皆が平等な社会を目指さないといけないと主張していた。いわゆるリベラル的な考えが学生たちの間で横行していた。学生集会も数回参加した。学校では認定されていた?学生代表が大学総長を取り囲み何か要求を叫んでいた。ともかく若いだけに考えも甘いし、何でもありの考え方をしていたような記憶がある。ところがそれから40年間社会に入り、会社で働き「簡単にいくこと/いかないこと」を経験し、「お金があればやれること/お金がなくてやれないこと」を学び、何となく「人が争うのに理由があって簡単に笑って済ませることはできない」ことを理解するようになった。また「人は皆自分に対して良い人ばかりでない」し、「世の中にはきれいごとでは済まされないことが山のようにある」のを体感してきた。結果体制の言うことも一理あり、新聞やTVの議論も好きになっていった。そして今は「人を助けるにはまず自分がしっかりしていないといけない」という方向性を最重要視している。そして現在の多くの国がリベラルから保守へと移行し、まず自国最優先の政策を打ち出す中、私自身も学生時代のリベラル的な考えから変わりつつあるのを自覚する今日この頃だ。

学生時代は「体制反対」と「自由奔放」を追い求めたっけ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA