使われる側と使う側の自由度違い

 会社員にとって昇進昇格は会社から「承認された証」をもらい、かつ給与で回答をもらうと言う特別なことだ。さらには給与が上がることで生活水準も向上し家族もより幸せを得ることになる。しかし反面地位が上がることは「要求される」ものが大きくなり、さらには努力以上に結果が重視されるようになっていく。したがってこうした昇進昇格を機に体調を崩したり、精神的にやられる人が出てくることもある。私の場合も平社員からいわゆる管理職になり、どんどん自分が自由になる時間は減っていった。管理職というのは私の定義では「雑用全般をこなしながら、部署の責任をとる」嫌な仕事だった。とにかく1年365日職場では何か問題があり常に職場と関わっていた。酷い時には本当に会社に出社せずにゆっくり体を休めることができた日が1年で10日ぐらいだった時もある。この時は自分のパソコンに年間休日数記録を残した。万一過剰労働で死んだ時には家族が見られるようにしておこうという気持ちからだ。しかし何とかこの「管理職時代」を切り抜け部門のトップになった。トップは管理職よりもっと厳しいものだという意見はあるだろう。しかし一方に「夢やロマンを作れる」ポジションという見方もある。勿論会社にはまだ上がいて、うまくいかないと怒られることもあるが、基本執行役員といったポジションは「トップ」であり、「自分が考えたことを邪魔されずに実行できる」という特権を持っている。この「自由度の大きさ」がどれだけ激務を何とかこなすモチベーションになったことか。言い方を変えれば「使う側」は「使われる側」に比べ100倍自由度を持っている。

使う側と使われる側では自由度や見える世界に大きな差がある

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