毎日のデーター整理

 25才からサラリーマンを始めたが、ほぼ40年毎日仕事のデーターを取り続けた。時にはそれは生産データーだったこともあるし、ある時は財務データーであったこともある。回りの皆が毎日データーを付けていたことを真似するという面が強かったかもしれないが、データーをつけることで自分の「会社内での存在感」を認識するという面もあったのではないだろうか?こうしたデーターはIT化が進んだ今の会社では数10年単位で記録として保存されており、別に個人個人がいちいち記録を残す必要などないのだが、何か自分の存在に安心できるものを毎日感じていたかったのかもしれない。一社員から管理職になった時も、管理職から経営者になった時も何かこうしたデーターを自分なりに決めて毎日の日課としてデーターつけを行ってきた。そして40数年経って会社を離れることになった。それ以降私には日課として自分の存在を認識するデーターというものがなくなってしまったような気がした。しかしやはり私にとってのデーターが存在しておいた。それは「日経株価推移」や「米国株価推移」とそれに沿って始めた「持ち株の推移」だった。思えば若い頃生産データーをつけながら、生産状況のどこに問題があるのかを考え続け、毎日の新たな発見をしていた。今は毎日の自分の資産分析をしながら、政治や経済で起こっている事象を考えるのが日課となっているし、関連した情報についてSNSのニュースを読んだり見たりする事で「資産運用についての次の一手」を考えるようにもなった。よく「人生常に勉強」と言われるが、こんなデーター分析も勉強の一つだろうか?

会社を辞めても毎日「データー整理」が好きな私

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA