高石友也とザ・ナターシャ7の思い出
私が中学生の頃、京都では高石友也とザ・ナターシャ7というバンドが流行っていた。当時俳優上がりの諸口あきらというDJが近畿放送で番組を持っていたが、ナターシャ7の大ファンで自分の番組に彼らを呼んだり、彼らのレコードを流していた。また近畿放送には山崎さんという有名なアナウンサーがいたが、諸口、高石、山崎の3人が絶妙のトリオを組んでいたこともあってこのバンドは一世を風靡した。高石友也は最初「受験生ブルース」というお笑い調のフォークソングで有名になったが、元々当時のフォークシンガーのお決まりの「反戦ソング」を歌っていた。その後アメリカのカントリー&ウエスタンに目覚め、最終的にナターシャ7の2名のメンバーとともにこのバンドを結成した。このバンドの特徴はまず高石友也自身が真面目な語り口なのに発想が大変面白く、あらゆる音楽に挑戦するというところがあった。歌謡曲を含めた種々のジャンルの歌に挑戦するし、時にはバンドメンバーが楽器を持ち替えデキシーランドジャズを演奏して見せた。またナターシャ7の2名は超ばかテクで、驚異的な速度でバンジョーやマンドリンやギターを弾いて見せた。ちなみにこのナターシャ7というバンド名だが、一見アメリカの片田舎の名前のようだが、実際は高石友也が世を捨てて?住んでいた福井県と京都府の県境にある名田庄村から来ている。私はブルースやジャズが大好きだが、時々はフォークソングやカントリーも聞きたくなるのはこの頃聞いた音楽の影響かもしれない。最近なかやぶのあるバーでマスターから高石友也逝去の話を聞いた。私を音楽へ誘ってくれた高石友也さんありがとう。

京都での一番のフォークソングの思い出「高石ともやとナターシャ7」


