下手なのに良い楽器を求める人の気持ち

 よく楽器のコレクターというのを見る。勿論プロの演奏家がより素晴らしい楽器を求めて新たな楽器を買い求めるのは理解できるが、コレクターの中には自分は演奏しないが楽器を買って飾ってくだけで幸せという人も多い。若い頃はこうした人の気持ちが全く理解できなかった。私の中には「うまい人はより高い楽器を持つものだ」あるいは「上手くなりたければ高い楽器を買うべきだ。楽器に釣り合うように努力するから」といった考えがあった。だから演奏もしないでまるで陶器や漆器のように飾っておくだけなど楽器に申し訳ないし失礼だと考えていた。しかし最近少し考え方が変わってきた。残念ながら年を追う毎に楽器演奏に対して期待する部分が減ってきている。かつてのように集中して演奏に取り組む熱意と根性がやや薄れてきている。かつてのように「より上手く、よりエレガントに、そしてより速く演奏する」ことが難しくなってきている。そのくせ頭の中にあるイメージはどんどん膨らんでくる。例えばこのフレーズはフェンダーのストラトキャスター(エレキギターの名前)の澄んだ音色にサステイン(音色を変えるエフェクターの一つ)をかけたら素晴らしいイントロが出来上がるとかいったイメージである。そして最後はこうした楽器を並べて、私は演奏できないが、きっとこれを使って私が作るワールドを誰かが演奏してくれるという空想をするような時が来るような気もする。ちょうど素晴らしい陶器や漆器を前にして最高級の食事をするイメージを空想したり、茶道にも通ずるようなわびさびの境地を感じるのもこんな事なのかと思ってしまう。

今頃になって無性に欲しくなったヴィンテージギター

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA